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こまつ座『父と暮せば』(紀伊国屋ホール)

父と暮せば
井上 ひさし / 新潮社

岩波ホールで上映されていた映画(黒木和雄監督)を観て、いたく感動し、舞台を観たい!!と思っていたら、紀伊国屋ホールで二日間ではありますが、公演が打たれました。

井上ひさし作、鵜山仁演出。

原爆投下から三年後の広島を舞台に、父と娘の精緻な対話が織り上げる一幕劇。
シンプルですが、力強い作品です。

「うちはしあわせになってはいけんのじゃ」
愛する者たちを失い、一人生き残った負い目から、ひっそりと生きていこうとする娘(西尾まり)に芽生えた恋心。
“恋の応援団長”と称し、娘の前に現れた父(辻萬長)の幽霊は、娘の自己葛藤が生み出した存在でもあります。

留まろうとする思いと、前に進もうとする思い。
忘れたい記憶と、伝えていかなければならない事実と願い。

娘の恋の相手が原爆資料を収集している男性だということ、娘が図書館職員で子どもへの昔話の語りをしているという設定も、この作品のテーマと深く関わっています。

途中、「人なみにしあわせを求めちゃいけん」という娘の葛藤は、娘の美しすぎる心根によって生じるものではないのかとも思わされたのですが、最終場で娘の心の奥底にしまわれた一番の心の傷が明かされます。

再現される父と娘の別れの場。
「むごいのう、ひどいのう、なひてこがあして別れにゃいけんのかいのう」
「こよな別れが末代まで二度とあっちゃいけん、あんまりむごすぎるけえのう」

娘を突き動かす父の願い。「わしの分まで生きてちょんだいよォー」

娘の再生を確認した父はさりげなく立ち去ります。
父のいた空間に語りかける娘。「おとったん、ありがとうありました」
美しい幕切れです。

痛みを乗り越えて伝えられた言葉と思い。真摯に向き合わなければと感じました。
by yagikuro-3 | 2005-06-17 23:11 | 舞台
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